【書評】トップレフト – 金融・商社志望の大学生は必読
2000年に上梓された黒木亮氏のデビュー作でもある「トップレフト」を紹介します。黒木氏の小説は綿密かつ入念な取材に基づいているので、フィクションであったとしても、非常に勉強になります。経済以外の点においても、レストランの細かな描写などもあり、ぜひ足を運びたいと思わざるを得ないです。トップレフトに登場するジョージ&ヴァルチャーは実在するお店であり、ロンドン往訪の際は足を運んでみたいと思います。(ウェブサイトを見ていたら、同じ店名のお店がロンドンに2軒あるようなので、注意が必要です。本小説に出てくるレストランは、City of LondonのBank駅の近くです。)
本書は、世の中の流れ・動きをサクッと知るには、良い小説だと思います。特に金融・商社志望の学生が就活を始めるにあたって読んでおくと、良いかもしれません。
目次
インベストメントバンカーとの付き合い方
資金調達にあたって、インベストメントバンカーとの付き合い方はこの一文に如実に出ていると思います。勉強させてもらうというような姿勢は、駆け引き下手な日本企業にあるあるだと思います。
アメリカの投資銀行に教えてもらうなんて、まるで銀行に家の戸締りのやり方を教えてもらうようなもの
また、交渉術についても参考になるかと思います。
しょっぱなの交渉では、決定的な対立を避け、次回の交渉に繋がる前向きな雰囲気で終わらせることが最も重要
日系企業のメーカーなどによく見られる、他社のプロポーザルを別の他社に渡して、これより安くできないか?という行動。これはやってはいけないNGです。
我々がある銀行からもらったプロポーザルの内容を別の銀行に教えて、それで少しでも有利なプロポーザルをもらおうとするボロワーだという悪評が立ったら、もうどこの銀行も相手にしてくれなくなる。
トルコの経済メカニズム
20年以上前の情勢に基づいているので、現状は自分で調べる必要がありますが、当時のトルコのビジネス・商慣習(対外債務と外貨準備高、同時増加のメカニズム)について、懇切丁寧に触れられています。
トルコの輸出企業はトルコの銀行から外貨を借りる。その金で輸出するための農産物や繊維製品を国内の生産者から買い付けるが、このときの支払いの多くをトルコリラでする。トルコとの国内商売の大部分はトルコリラ建てであるためだ。
トルコの輸出業者は外貨で借入れをするが、必要なのはトルコリラ。これは借りた外貨を銀行に持って行ってトルコリラに換えてもらうしかない。その交換した外貨がトルコの中央銀行や商業銀行に蓄積され、それが国全体の外貨準備として計上される。これが・・・対外債務が増えると同時に外貨が準備が増えるという現象の背後にあるメカニズム
この文章からだと、わかった気になるだけだと思います。ざっくり理解するには読み飛ばして良いと思います。
トルコリラで商品を仕入れるためという資金ニーズなので、トルコリラ建てで借り入れば良いのかもしれません。ただし、実際、商売をするうえで、インフレ率を考慮しないとなりません。日本のようなインフレと縁のない国だとピンとこないかもしれませんが、100%を超えるインフレ率だと自国通貨建ての金利負担は100%超になります。一方で外貨建ての借入だと金利負担ははるかに軽減されます。売上が外貨収入のような輸出企業にとっては、外貨で売り上げて、その外貨を使って返済すれば、外貨建て借り入れのメリット(金利負担軽減)を享受できます。
外貨で借入、その外貨を自国通貨に交換、自国通貨で商品を仕入れて、外貨で商品を販売、入金された外貨をもって外貨建ての借入を返済。「外貨で借入、その外貨を自国通貨に交換」という一見、意味のない行動も、一連の商取引の中では、金利負担軽減に非常に貢献している要素です。
業界用語と経済学
銀行、特に融資関連の業界用語は、専門書にさらっと出てくる、しかも知ってて当たり前という風潮が強い中、用語の解説をさらっと載せてくれているので、とても勉強になります。
ドア・ツー・ドア:融資契約調印から最終返済日まで
ホット・マネー:投機的資金。証券投資と短期資本の合計はホット・マネーの動きを示す。
プレシピアム(Praecipium):プールシェアリング。借入人が支払う組成手数料から、主幹事手数料、引受手数料、一般参加銀行の参加手数料を差し引いた残余部分。一言で表せば、幹事銀行が一般参加銀行からピンはねした分。
バイラテラル:融資団を組まずに、個別の銀行と融資契約を結んで資金調達する方法。バイラテの反対派、シ・ローン。
ネガティブ・プレッジ条項:ローンの貸手の承諾なしに、借手が自己の資産を担保に差し入れることを禁止する条項。輸出債権も資産の一部であり、ABSの担保として差し出すことはこの条項に抵触する。
ジュ―イッシュ・デンティスト:Jewish Densits(ユダヤ人の歯医者)。マスコミ宣伝を中心にした防衛戦術。買収者の社会的弱点をあげつらって相手のイメージダウンを図り、株主が買付けに応じないようにする。
シャーク・リぺラント:Shark Repellent(鮫よけ)。敵対的買収者を鮫に見立てた防衛戦術。定款かその付則を変更して鮫を追い払おうとするもの。
パックマン・ディフェンス:Pac-Man defense(パックマン・ディフェンス)。買収を仕掛けられた方も相手に買収を宣言し、ビデオゲームのパックマンのように相手を呑み込んでしまう攻撃的な防衛戦術。
マイワード・イズ・マイボンド:My word is my bond(私の言葉が私の保証)。一度口に出した約束は命を懸けても果たす。口約束だけでディールがどんどん進行して行く国際金融ビジネスのプロフェッショナリズムを表す言葉。ロンドン証券取引所の紋章には、この言葉が「DICTUM MEUM PACTUM」というラテン語で刻み込まれている。個人的には、日本のビジネスパーソンは契約の記載内容を軽視し、だからといってMy word is my bondが徹底されているとは到底言えないように思えます。
相対取引:シンジケーションとは別のローンの販売方法。アサインメントとサブ・パーティシペーションの二種類があり、前者の場合、ローンが販売されたことは借手に通知され、ローンの買手は借手に対して権利を直接行使できる。これに対して後者の場合、ローンが販売された事実は誰にも知らされず、ローンの買手は債権者としての権利の行使をローンの売手に代行してもらう。
そのほか、経常収支といった用語を聞いたことがある方も多いかと思いますが、どの国のエクスポージャーを増やそうかあるいは減らそうか、と考えている中で、こういった視点は理解の助けになると思います。ただ、これだけを切り取ると、アメリカは世界最大の経常赤字かつ対外債務国なので、変化率という観点から見る、あるいは別の指標も取り入れるといった発想が必要です。
経常収支が大幅な赤字で、それを補填するために対外債務を増やしているのなら問題がある。
ローカルフード
本小説を通じて、いろいろと食べ物が出てきます。
チェロ・カバブ:チェロというのは長い粒のイラン米。炊き立てのチェロに卵の黄身かバターを混ぜ、その上にサフランを塗って炭火でこんがりときつね色に焼き上げた鶏や薄切りの羊肉を載せたもの。生の玉ねぎをしゃりしゃりと齧りながら、チェロ・カバブを食べると、玉ねぎの苦みやほのかな甘みと肉の旨味が口の中で混然一体となって、思わるうなるほどの美味。私は、よくケバブやシャワルマをよく食べますが、そのライス版でしょうか。
フィッシュ・アンド・チップス:日本でもHUBなどのパブで出される有名な料理です。キリストが処刑された金曜日に殺生を避けるため動物の肉を食べない習慣がイギリスにあり、肉の代わりに金曜に魚を食べる習慣があります。材料の魚は、プレイス(かれい)、ハリバット(おひょう)、ソール(平目)なども使われるものの、最も人気あるのが、コッド、次いでハドックとのことです。おひょうは、スーパーで安く売られることが多く、しかも、よく油が乗っているので、我が家では、よく、おひょうのムニエルをしています。
ベーグル:イースト菌を使わないユダヤ人のパンで、餅のようにむっちりとして腹持ちがする。ユダヤ人のパンとは知りませんでした。
日本の財政の危うさ
こちらのブログにて0.1%の利上げで、日銀が5.6兆円の損失を受ける可能性がある旨を試算していますが、2000年上梓の本ですが、当時において、既に日本の財政を、数字で表して危惧しています。
今は低金利だが、将来金利が一パーセント上昇すると年間六兆円の金利負担が追加される。三パーセントなら十八兆円だ。考えただけで背筋が寒くなるじゃないか。今後十年くらいのうちに、日本は大破綻をきたして滅茶苦茶になる可能性が極めて大きい。
日本を離れてイギリスに住んでいる著者は、先見の明があると思います。
おカネの価値
この文章が、まさに正だと思います。カネは選択肢を増やすための手段です。投資や運用でカネを増やすこと自体が目的になっているのならば、今一度、立ち返って、増やしたカネを何に使うのか自問してみるのも良いと思います。
金があるかないかは、単に選択肢の問題に過ぎない。つまり、金を持っていれば、それだけ自分の選択肢が増える。それが金の持つ価値だ。それ以上でもないし、それ以下でもない。
書籍の目次
本書は以下のとおり、構成されています。
- プロローグ
- 第一章: 国際協調融資
- 第ニ章: ウォール街の鷲
- 第三章: 敵対的買収宣言
- 第四章: ロシアの汚染
- 第五章: マイワード・イズ・マイボンド
- 第六章: 最強の投資銀行
- エピローグ
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