【書評】マネーの進化史(人生は短い。だからこそ、歴史を学ぶことは重要。)
スコットランド出身の歴史学者であるニーアル・ファーガソン氏のマネーの進化史を紹介します。本書は、数多くある歴史において、マネー、カネ、金融の進化・生い立ち、発展に焦点をあてています。本書では、ロスチャイルド家やメディチ家といった歴史上の大富豪の生い立ち、彼らが果たした役割・功績、どのように財を成したかにも触れてあり、名前を知っていても何をしていたかよくわからない著名な人の行動を知ることができます。
しかも、読みやすく、わかりやすく、のめり込みます。
本書は、リーマンショックが起こる前年には既に執筆途中ということもあり、サブプライムの脆弱さ、危うさについても触れられています。もし、本書をリーマンショックが起きる前に読むことができたならば、その読者は危機を完全に近い確度で回避できたのではないか?と思います。
マネーの歴史といっても、サブプライムショックの兆候が見え始めていた時に執筆していたということもあって、リーマンショックについて多く触れられていませんが、そういうメジャーな出来事については他の本で読めべ済むことですし、むしろ、本書は、歴史という切り口・観点から、一気通貫してマネー・金融を理解する助けとなります。歴史に興味ある方だけでなく、本書は、現役の金融パーソンも読むべき一冊です。
先人が実体験を通じて得た知識・経験を私たちは体験していないが故に、過小評価する傾向があります。例えば、インフレです。
目次
日本にハイパーインフレは起きるか?
本書によると、第一次世界大戦後にドイツがハイパーインフレに見舞われた背景を読み解くカギは、戦中と戦後における債券市場が果たした役割の違いにあります。
戦中は、大戦に参加した国々すべてが戦時国債を発行し、これまで国債を購入したことがなかった層の愛国心を煽り、投資家の裾野を広げました。ドイツは、イギリスをはじめとする他国と状況は異なり、投資家・資金が潤沢なアメリカやイギリスへのアクセスがないが故に、そういった市場で国債を売ることができず、結局、自国で売るしかありませんでした。自国の投資家のリスクアペタイトを満たしてしまうと、国内で”追加”で国債を売ることが難しくなります。
そのような状況下において、自国の中央銀行から短期融資を受ける(中央銀行が短期国債を保有する)ようになります。中央銀行が保有する短期国債の量が増えることは、貨幣供給量が増えるため、インフレの前兆と言えます。
戦争末期においてドイツが抱えていた負債の約3分の1は”流動的”と言われています。なお、流動負債とは、短期借入金(短期国債)のことを指します。短期借入金が過剰流動性をもたらしていましたが、戦時中は、価格統制で無理やり、インフレを抑制していた状況です。
敗戦後は、賠償金が多額の経常赤字を生み出し、ドイツは資金を調達するためにマルク紙幣を増刷するしかなく、マルクが下落した結果、インフレを招いた、という論理です。
本書をさらにひも解くと、以下の4点に整理されます。
- 貨幣量の増加の結果、マルクが下落
- ドイツ国内の高額所得者による納税拒否(歳入減)
- 公共部門の組合の賃金紛争妥結のため、公的資金の投入(歳出増)
- アメリカ・イギリスの戦後の景気後退時に起きた、にわかインフレによる輸入急増が、マルク下落によるドイツ製品の輸出促進による経済的圧力を相殺
ミルトン・フリードマンが定義しているように、インフレは通貨の現象ですが、ハイパーインフレは「一国の政治経済の根本的な機能不全なしには起こり得ないという点で政治的な現象とも言え」ます。
リーマンショック直後に、ウォール街を救うための名言(?)とも言えるToo big, too failが政府から叫ばれましたが、「権力は銀行家に向かいがちで、破産者を救う手助けにはならない」という言葉は、言い得て妙です。
国民皆兵のための国民皆保険
日本がイギリスを抜いて福祉国家であるとはあまり思いもよらないことですが、福祉国家と戦争国家を緊密に連携させた国として日本を紹介している点が興味深いです。
一般国民が健康になれば、大日本帝国軍部に健康な新兵を提供できるという考えのもと、国民皆兵という戦時スローガンが国民皆保険につながったのは驚きです。戦争のための戦力を支えるために、保険が導入されたとは、思ってもみなかったことです。
個人のキャリアは25年。歴史は何年?歴史を学ぶことの重要性
ウォール街のCEOの平均的なキャリアは25年であり、1980年前の出来事を直接体験していません。
興味深いことに、ブラックロックCEOのコメント(ブルームバーグの記事)と通じるものがあります。
大部分の人々は40年を超えるキャリアを持たず、過去30年余りにわたりインフレ率が鈍化した経験しかない。その意味でこれはかなり大きな衝撃になるだろう
多くの現役世代は、インフレを直接経験していないため、インフレの怖さを知りません。教科書で学ぶようなことを実生活で経験できていないからこそ、歴史、特に金融史を学ぶことが非常に重要です。
書籍の目次
本書は以下のとおり、構成されています。
- はじめに
- 第1章 一攫千金の夢
- カネの山
- 高利貸し
- 銀行の誕生
- 銀行業務の進化
- 破産国家
- 第2章 人間と債券の絆
- 負債の山
- 金融界のナポレオン
- 南部連合の敗退
- 利子生活者の安楽死
- 利子生活者の復活
- 第3章 バブルと戯れて
- あなたの持ち株会社
- 最初のバブル
- 牡牛と熊
- ファットテールの話
- 第4章 リスクの逆襲
- 大いなる不安
- 屋根の下に避難する
- 戦争から福祉へ
- 南米チリの大寒波
- 「ヘッジあり」と「ヘッジなし」
- 第5章 わが家ほど安全なところはない
- 不動産を所有する貴族階級
- 住宅所有民主主義
- S&Lからサブプライムへ
- 主婦ほど安全なものはない
- 第6章 帝国からチャイアメリカへ
- グローバリゼーションと最後の大決戦
- エコノミック・ヒットマン
- 「ショートターム・キャピタル・ミスマネジメント」ーLTCMの皮肉な結末
- チャイアメリカ
- 終章 マネーの系譜と退歩
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