【書評】食の歴史 – 人類はこれまで何を食べてきたのか
フランスの経済学者、思想家、作家、政治顧問として有名なジャック・アタリ氏の食の歴史 – 人類はこれまで何を食べてきたのかを紹介します。歴史に関する本は多くありますが、”食”を軸に歴史を編纂した本書は、例えば、以下のような食に関するなぜ、何を、当時の時代背景から、生物学的見地から、と様々な角度からわかりやすく解説してくれます。
- なぜ、ゆっくりと食事をとる機会は世界中で減る傾向にあるのか
- なぜ、みんなで会食をする機会は減る傾向にあるのか
- なぜ、仕事上の付き合いの会食だけが豪華になるのか
- なぜ、人々は糖分と脂肪分の多い加工食品だけを慌ただしく食べるようになったのか
特に、会社員の方に取っては、3番目の、なぜ仕事上の会食だけが豪華になるのかというのは、なかなか興味深い疑問であり、その疑問に対する解も気になるところだと思います。
目次
読者層:中学・高校~大人
本書の読者層は、歴史ということもあり、深掘りの程度はどうであれ、学校で歴史を一通り学んでいる方によく刺さると思いますので、中学・高校から大人によく刺さると思います。
本書は、食という観点から歴史を横串で、かつ大陸横断的に網羅して、時系列で順に追って説明した書籍です。普段、何気なく口にしている食べ物に焦点をあてて、家族・友人・同僚・取引先らとの食事・会食が日常となりすぎて当たり前であるものの、その重要性について、また、なぜ重要なのか、以前はどのような位置付けだったのかなどなど、目から鱗が落ちつつ、学ぶことができます。
また、随所に脚注がついており、巻末には膨大な参考文献・資料のリストも載っていますので、信憑性のある内容です。
印象に残った・目から鱗
以下は、本書を通じて印象に残った内容のごく一部です。
- イノベーションは、食を満たすために登場
- 宗教は食事をともにできる人物を選別
- 帝国ができたのは食の必然性からであり、余剰作物の管理が富の蓄積、軍備増強を可能にした
- 中国医学では、食は陽と陰に分類される
- 貧乏人は敵になる。貧困に苦しむ者は反乱を起こす恐れがある
- アフリカでは、あらゆる食物が豊富だったから、食の希少性を管理する必要がなく、帝国を形成する必要もなかった。
- パンは野蛮なノマドとは異なり、生活資源は社会によって生み出されるという定住民を象徴する食糧
- 魚は水中で生まれ、食用油の中で死す
- 金持ちのための食堂を作るというアイデアをイギリスから取り入れて、フランスでレストランが登場した
- 食に対する大衆層の欲求を減らすために怪しげな栄養学をもち出し、味のことは二の次にするために健康上の理由を掲げた
- コーンフレークは性欲を減退させるために開発された
CO2排出削減のために環境負荷の高い行動を避ける動き
本書の内容から少し脱線しますが、2021年9月1日に、Bloombergに「欧米アジアのCEO、出張復活の期待くじく – 世界的に予算大幅削減」の見出しで記事が出ていました。以下は一部抜粋です。多くの大企業が、CO2排出削減を出張費抑制の主な理由の一つに挙げています。これだけを見ると、コスト削減の言い訳という気もします。
米国と欧州、アジアの大企業45社を対象としたブルームバーグの調査によると、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)収束後に出張費を減らす計画だとの答えは84%に上った。出張費を20ー40%削減するとの回答が大多数を占め、3社に2社程度は社内外の対面での会議を大幅に削減するとした。バーチャルソフトウエアの使いやすさや効率性に加え、コストや二酸化炭素排出量の削減が出張費抑制の主な理由に挙げられた。グローバル・ビジネス・トラベル・アソシエーションによれば、企業の出張費は2019年のパンデミック前のピークである1兆4300億ドルから、24年までに1兆2400億ドルまで減少する可能性がある。
環境負荷対策で食事内容も見直しへ
具体的な企業の取り組みに目を向けてみると、2021年8月9日付けドイツWelt紙に「フォルクスワーゲンがカリーブルストをメニューから削除」という趣旨の見出しの記事が掲載されています。環境配慮の観点から、工場のランチメニューから環境負荷の高い肉料理を出さないという企業の動きも見られます。(CO2を排出する自動車を製造する一方で、環境負荷対策を従業員に強いるのはどうかと思いますが。。)
記事自体はドイツ語ですが、訳すと以下のような感じです。
本社の社員食堂の食堂で提供される150種類のレシピは、夏季休暇明けにはベジタリアンやビーガン対応になる予定ですが、たまには魚を使ったメニューも出します。
Dehoga社(ドイツ・ホテル・レストラン協会)の広報担当者は、「ベジタリアン料理が、一部の人たちから継母のような扱いを受けていた時代は、ようやく終わりました。」
「ベジタリアン料理が継母のような扱いを受けていた時代」というのは、日本語では出てこないような、なかなかな表現です。
大学の学生食堂も肉食削減の動き
大学にも動きが見られ、2021年8月31日付けのstudierendenWERK BERLIN(ベルリン版大学生協のようなもの)の記事によると2021年の冬学期より学生食堂の標準メニューの構成は以下の割合となります。魚・肉料理が全体の4%になります。
- ビーガン料理: 68%
- ベジタリアン料理:28%
- 魚料理: 2%
- 肉料理: 2%
また、月曜は完全ビーガン・ベジタリアン料理となり、魚と肉が学食から消えます。
企業も大学も、環境負荷の高い肉料理を避けようといった動きが見られますが、なぜ、肉料理は環境負荷が高いのでしょうか?
本書によると、一般的な肉料理をつくるには、12,000リットルの水が必要ですが、同カロリーの菜食なら3,500リットルの水でできるとのことです。数字で定量的に比べることができるからこそ、肉料理の環境負荷が高いことがわかります。また、人類のあらゆる活動の中で食べることほど温室効果ガスを排出するものはありません。ガスの発生原因の40%は消化器官内発酵(牛のゲップなど)、45%が輸送、10%が飼育舎、5%が食肉処理です。地産地消を意識して心掛けるだけでも、輸送から生じる温室効果ガスを削減することができます。
書籍の目次
本書は以下のとおり、構成されています。
- はじめに
- 第一章さまよい歩きながら暮らす
- 動物もヒトもさまよい歩きながら食べる
- 不満ながらも生で食べるヒトの仲間たち
- 食をめぐる日の利用と会話
- 最初のヨーロッパ人、ネアンデルタール人は肉食人種だったのか
- 食を語り合うホモ・サピエンス
- 地球全体を食らう
- 第二章 自然を食らうために自然を手なずける
- 中東では、栽培するために定住する
- 気象学、天文学、占星術によって収穫を占う
- ヨーロッパでは、カニバリズムが横行する
- 小麦でなく米をつくる地域
- メソポタミアで始まった穀物の栽培と帝国の出現
- 宴は権力者の語り場
- 中国で生まれた食餌療法
- 日本と朝鮮では、米は特別な存在
- インドで始まった菜食主義
- 人肉食という独特の風習が残るメソアメリカ帝国
- エジプト文字からわかる「食は会話なり」
- 自然の恵みにより帝国の誕生が遅れるアフリカ
- 世界中で横行する人肉食
- 旧約聖書を食べるユダヤ教徒
- 統治のために会食するギリシア人
- 豊穣の地で暮らすエトルリア人
- 支配するために饗宴を開くローマ人
- ローマ人の食事
- 第三章 ヨーロッパの食文化の誕生と栄光(一世紀から一七世紀中ごろまで)
- 神を食べるキリスト教徒
- 中世前期の謝肉祭と四旬節
- 食は神の恩恵だと感謝するイスラーム教徒
- 中世末期の香辛料と失われた楽園
- 旅先での食事の場
- イタリア料理の躍進(一四世紀から一六世紀)
- フランスの特異性
- 君臨するフランス(一七世紀)
- アメリカ大陸発の食革命:ジャガイモ、トウモロコシ、チョコレート
- 第四章 フランスの食の栄光と飢饉(一七世紀中ごろから一八世紀まで)
- フランス的特異性の原型は太陽王の食卓
- フランス革命を告げる「中産階級の料理」
- アルコールの代わりにソーダ水を飲む
- そのときアジアでは:饗宴と飢饉
- イギリス人よりも栄養状態がよかったアメリカの開拓者
- パリにレストランができる:知識人のたまり場
- 飢饉、反乱、フランス革命
- 革命と中産階級の会食
- 美食外交
- 第五章 超高級ホテルの美食術と加工食品(一九世紀)
- 食によって始まった工業化
- 肥料と低温殺菌法
- 子供を養う
- ソーダ水と自動販売機がアメリカに上陸
- リッツとエスコフィエによる高級ホテル
- ヨーロッパの大衆食、パンとジャガイモ
- 世界各地の固有の食文化
- 第六章 食産業を支える栄養学(二〇世紀)
- 栄養学というアメリカ資本主義の策略
- カロリーとコーンフレーク
- 資本主義の加速によって減る食事の機会
- 味は二の次
- シカゴの食肉処理場で始まった流れ作業
- 食の大量生産
- 素早く食べる、ファストフード
- 世界各地に出現するアメリカ料理
- ニ〇世紀の飢饉と地政学
- 飢餓の撲滅
- 勢力を増す世界の食品業界
- 危ない砂糖
- 粗悪品の過食
- 砂糖に対する消費者の不毛な戦い
- 減る会食、増す食欲
- 孤軍奮闘するフランス:「ヌーヴェル・キュイジーヌ(新しい料理)」
- 第七章 富裕層、貧困層、世界の飢餓(現在)
- 農業と食品業界の状況
- 富裕層さえも食卓から離れる
- 中間層の食文化は混合型
- 最貧層は、飢餓あるいは体に悪い食物により命を落とす
- 家族で食卓を囲む機会の喪失
- ベビーフード
- 学校の給食
- 職場での食
- 世界中に広がるヴィーガニズム(完全菜食主義)
- 宗教色
- 昆虫食
- 世界で最も人気のあるイタリア料理
- フランスの特異性は健在
- 糖分、肥満、死
- 健康悪いのは糖分だけではない
- 野菜、肉、魚は、過剰生産
- 食による温室効果ガスの過剰排出
- 破壊される土壌
- 失われる生物多様性
- 秘中の秘
- 食に対する人々の意識
- 食に対する若者の態度
- 第八章 昆虫、ロボット、人間(三〇年後の世界)
- 食糧需要を占う
- 九〇億人を養えるのか
- これまで以上に品質のよいものを少量食べる超富裕層
- 今後の食文化の傾向
- 減る肉と魚の消費量
- 菜食主義者になるのか
- 昆虫食の推進
- 砂糖の消費量を減らす
- 治癒のために食べる
- 自然を模倣する
- 究極のカニバリズム
- 第九章 監視された沈黙のなかでの個食
- 料理するのをやめる
- ノマドの粉末食
- 個食に向けて
- 沈黙の監視型社会
- それでも不安は解消されず、最悪の事態を迎える
- 第十章 食べることは重要なのか
- 農業の担い手は正しい知識をもつ小規模農家
- 世界の食品会社に対する規制を大幅に強化する
- 全員にとって最善の食餌療法:食の利他主義
- 少肉多菜
- 少糖
- 地産地消
- ゆっくり食べる
- 自分たちの食を知る
- 食育
- 節食
- ポジティブな暮らしと地球のための「ポジティブな料理」
- 会話の弾む食卓という喜びを見出す
- 付属文書 食の科学的な基礎知識
- 味覚
- ヒトに必要な食
- 腸
- 食生活が脳に及ぼす影響
- 何が食欲に影響を及ぼすのか
- 国際的な環境保全における食
楽天からご購入される方はこちらから。
最後まで読んでくださりありがとうございました。”ツイート”や”いいね”を押してくださると励みになります。